出会い
アクセスカウンター
アクセスカウンター
犬用食器通販チャットレディー出会い系サイトメル友出会いテレクラ出会いメル友出会いテレクラ・ツーショットダイヤルのハニートーク
読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

怪奇で奇怪なオカルレポート

不思議求む。オカルト探求家・ライターー怪奇で奇怪な謎でお困りならゴーストボーイまで❗️中立的な霊感0です。心霊 妖怪 UMA UFO UMA 超常現象など、ネットには載らない怪奇で奇怪なオカルト話を後世に語り継ぐため“謎ノート”に蒐集してます。さらにいわく付きな物も無料で回収中。そして、いつか謎本を出版するのが密かな野望。

【地獄旅行】冥土へ通った小野篁卿

歴史 伝承

私の名前は未知子。お湯を飲むと舌をヤケドする能力者、未知子よ。

小野篁(おののたかむら)とは平安時代前期に歌人漢詩人、学者として活躍した人物。
噂によると、「野宰相」と呼ばれるだけあってかなり優秀な官僚だった小野篁。その反面、かなり破天荒な性格でもあったようね。
延暦21(802)に小野岑守(みねもり)の子として誕生。
仁寿2年(852)、12月22日に没したとされている。
『歴史偉人で男か女かわからんランキング』(未知子調べ)で常に上位である小野妹子の子孫だとも言われている。
小野妹子って遣唐使よね……。
そのため承和5年(838).藤原常嗣に遣唐副使を命じられた。
しかし、小野篁は、唐へ行こうとしたものの二度難破してしまう。それに嫌気がさしたのか、ーー病(仮病)だと供述しながら、唐遠征を拒否。
そんな小学校をズル休みするような言い訳が通用する訳もなく、憤怒した藤原常嗣は、小野篁隠岐へと流したという。

その時、小野篁が詠んだとされる和歌がこちら……

わたの原
十島(やそしま)かけて
漕ぎ出でぬと
人には告げよ
海人(あま)の釣り船

未知子訳(注:意訳過多)ーーへへ、漁師のオッチャン。これから俺は冒険に出る。この大海原の先を見るために舟を漕いで逝くぜ。その事をみんな伝えといておくれよ。(隠岐に流されたとは言えねええええええ)




そんな茶目っ気のあるキャラクターである小野篁は冥土へ行った事があるという。そんな彼の事を「昼は朝廷に仕え、夜ら閻魔庁に仕えた」(日本の魔界地図より)と言われていた。

そんな彼の武勇伝が伝わる逸話がある。藤原良相が病死した際、閻魔による判決が下る前に、閻魔に「この人は大変高潔な人物です。私の顔に免じて、再び命を与えてください」(日本の魔界地図より)と耳打ちをしたイケメンこそ、小野篁だと言われている。
やだ完全にイケメン対応だわ……。

亡き母に会うために、鳥辺野(とりべの)の六道珍皇寺にある冥土へと通ずるといわれる井戸(図1右)を最初に使用したのが、小野篁という伝説が伝わっている。
この六道珍皇寺の建つ鳥辺野は葬送地だったため、現世と冥界の境目だと考えられていた。
その後、小野篁は閻魔庁との外交官になり、冥府を往来していたという。入り口は六道珍皇寺の井戸を使ったのならば出口はどこか?その井戸といわれているのが、嵯峨にある福生寺の井戸だと言われている。 これを出口として利用していたという伝説がある。
この二つの井戸はとても独特な呼ばれ方をしていた。 「死の六道」といわれる六道珍皇寺。「生の六道」といわれる福生寺。
この出口とされていた福生寺の井戸は現在、現存してはいないので拝む事は叶わない。




(遠目より撮影)




(図1)

なおこの六道珍皇寺の井戸において、8月7日〜10日はお盆期間のため、この井戸は見ることができないという。
あら、そこら辺の設定はしっかりしてるのね。
ぜひ京都を訪れた際は、金閣寺なんか置いておいて、地獄巡りをしてみるのもいいかもしれないわね。帰ってこれるかは知らないけどね……うふふ。

参考文献
⚫︎広辞苑
⚫︎ブリタニカ
⚫︎山川日本史
⚫︎日本史辞典
⚫︎古典文学
⚫︎志村有弘『日本の魔界地図』(PHP研究所・2008)


にほんブログ村 哲学・思想ブログ オカルトへ
にほんブログ村

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 心霊・怪談へ
にほんブログ村


人気ブログランキングへ